日常で溜まった鬱憤をテーマブログを書く事で発散し、内側から湧いてくる情熱はここにぶつけてガス抜きをしているんですが、このガス抜きという奴、全てが全て正しいというわけではなく、良し悪しもあるんでは?と思います。

 鉄砲って非常に単純な構造で、火薬を詰めた薬莢に弾丸部分がセットされており、撃鉄で着火した火薬が爆発、発生する爆風とガスで弾丸部分を押し出して弾丸が飛び出すわけです。そして弾丸が飛び出すにはガスと爆風が十分に弾丸を押し出すだけの狭い空間と距離が必要なわけで、それが銃身の部分です。
 銃身部分を通る間に十分に弾丸が爆風とガスに押し出されて勢いがついて真っ直ぐに飛ぶ、というわけなので、この「ガスが弾丸を押し出す」というパートが非常に重要で、ここでガスが抜けると弾丸は飛ばないのです。

 同じように日々の生活で溜まっていくものを「何かを押し出す」ためのガスとして使えれば方向性が正しいかは別として進む原動力になるんですが、ガス抜きをしてしまうと匂いのする空気が放たれるだけで何も進まないのです。
 もちろんそのガス自体に点火して大爆発を起こすようだと話にならないのでそうなるのであればガスは抜いておくべきなんですが、今出ようとしているガスは推進力としてのガスなのか屁なのか、という部分は考えておかないと駄目だと思うんですよね。

 私なんかは下手に文章で自分のガス抜きをできるので30年近くガスを抜きつつ大爆発を避けて生きてきたんですが、このガスが方向性を持って弾丸を押し出す動きをしていればどれだけの壁を貫通できたのか、と考えると正直もったいなかったな、という気がします。
 まあ抜かなかったら抜かなかったでとんでもない大爆発を起こしていた可能性もあるので「ガス抜きをして失敗だった」と言い切れる話ではないんですが、今現在ガス抜きをしつつタンクが破裂する寸前まで溜まっている状態なので近日中に何か動かないと駄目だな、とは思います。

 総論としては「推進力として使えるなら使いなよ」「でも大爆発するんならその前にガス抜きしなよ」というお話なのですが、ガスって基本的には情念の行きどころなので、若い内に充満したものは若い内に発散するか打ち出さないと後で濃い怨念になるので注意したいですね……。