月別: 2019年10月

買ってしまった;欲望は止まらない

 まあこの前の投稿をした翌日にはMacBookAir11インチを中古で購入してしまったんですが、自分のためにガジェットを買うのが個人的に負い目に感じるのと、それを買う時に子供が「新しいパソコンを買うならプレステ4を買って欲しい……」と呟いていた事、そして嫁さんに「プレステ4買えば良かったのに」と言われてしまったので、小遣いを総動員して(ちょっとはみ出ているんですが)プレステ4Proの2TBモデルも中古で買い、プレステ4だけ買っても意味がないので次男が欲しいと言ったウイニングイレブン2019と長男が欲しいと言い続けていたモンスターハンターワールド・アイスボーンを(結構予算をはみ出しながら)買って来ました。4万円の買い物をするのに4万5千円のおまけを買っているので馬鹿かという話ですがみんな満足しているのでいいんでしょう、多分。

 これはもう持って生まれた業だと思うんですが、私物欲が止まらないんですよ。何か新しいものを買ってもまたすぐ新しいものが欲しくなって、満足をするという事を知らないんですよね。
 今年の下半期だけでもPixel3を衝動買いして、それから3ヶ月立たずにMacBookAirが欲しくなって、そしてMacBookAirを買う後ろめたさに子どもたちにプレステ4を買うというていたらくで、なりふり構わないというか非常にダサいのです。

 しかしこれがもうダサいってわかっていても欲しいものは欲しいし一回ほしいと思ったら買うまで欲しいと思い続けるので、どうしようもないんですよね。
 MacBookAirなんて3年前に欲しいと思ってからずーっと頭の片隅に残っていて、3年越しに買っている訳ですし、プレステ4だって出た当時にほしいと思っていたのがずーっと燻っていて長男次男が未練がましい事を言ったのを言い訳に買っている部分があるので非常に救いがないというか、駄目な大人です。

 予算があれば無駄遣いも許される話だと思うんですが、私の場合予算は常にカツカツで、今回も金策に走り回って4万円捻出した後に4万5千円の追い金を出しているので今年どころか今年度の予算はもう駄目、という話なんですが、それでも多分AppleのAirPodsProが出たら揺らぐと思いますしまた金策に走る結果になるのは見えているのでもうちょっと自制しようよ、と思うんですが、ぶっちゃけ自制するのは無理なので破滅を招かない範囲でガス抜きしながら買い物をしていくしかないのです……。

 毎週買っているtotoでもあたってくれればいいんですけど、あたらないかなぁ……。


小遣いはないがガジェットが欲しい

 タイトルが全てを物語っているんですが、小遣いはないんですがガジェットが欲しいのです。

 今毎月の小遣いが4万円、そのうち2万円をMacBookProのローン支払いに当てていまして残りが2万円、Pixel3の維持費に月2000円、毎月Amazonで使うお金が5000円くらいなので残りが1万3000円、そこから子供に5000円くらい吸い上げられるので毎日の暮らしに使えるお金が1日300円くらい、コンビニに1回行くと600円くらい使うので2日に1回コンビニに行くとジャストで全金額を使い切る感じで、ガジェットに使えるお金がまったくないのです。
 まあ以前はPixel3の維持費2000円の代わりにiPad Proの維持費が8000円かかっていたのでそれに比べれば相当マシになったんですけども、それでもまあガジェットに使えるお金がない事実は変わらないのでキツいです。
 問題なのはMacBookProのローンで小遣いの半分が消える事なんですが、それ以上に問題なのはこれだけローンを組んでいるのに物欲が消えない、良さげなガジェットを見ると欲しくてたまらなくなる精神構造にありまして、ローンが終わるまで大人しくしておけって話なんですけども欲しくなってしまうのは仕方がないのです。

 今ローンを払っているMacBookProは超満足していて今もにっこにこで使っているんですけども、ちょっとお値段が高すぎる&大きすぎて重過ぎるので、気軽に持って運んでバキバキ使うというよりは決まった場所に据え置いて大事に使う、という感じに向いていると思っていて、逆に言えばどこにでも持ち運んでバキバキ使う担当のパソコンが必要なのです。
 その担当でいうと3年前に買ったGPD Pocketがその守備範囲なんですが、最近Windowsで使っているとGoogle Chromeではてなブログを立ち上げるだけでCPUが100%になって使い物にならなくなり、仕方がなくて脱WindowsしてUbuntuMATE18.04.03を入れているんですがUbuntuMATEで動かすとGeekBench5を起動するとパッテリーがダウンする動きをしていて、別にGeekBenchにはこだわらないんですがソフトウェアの動作でバッテリーがダウンするのは基本的に故障と変わらないと思っていて、まあ家の中でごろ寝パソコンに使うにはいいんですが旅行なんかに持ち歩く機械としては信用できないので別の何かが必要だと思っているのです。

 そこで今欲しいなと思っているのが脱Windowsの意味も込めて(そしてLinuxも飽きてきたので)軽量級のMacで、今まだリファービッシュで入手可能な無印MacBookか、あるいはMacBookAirを欲しいな、と思っているのです。
 無印MacBookはちょっと値段が高すぎる事もあり、狙うならMacBookAirなんですが13インチだと大きいというか「もうちょっと小さくできないのか」という部分があり、もうディスコンになって中古でしか入手できないんですがMacBookAirの11インチサイズがあれば中古で値段が安いというのも含めて良いな、と思っています。

 そして今まさに家の近所のリサイクルショップでMacBookAirの11インチが4万円弱で売っているのを発見して、まだ詳細は調べていないんですがRAM4GB・ストレージ256GBらしいので多分2012年あたりの製品だと思うんですが、2012以降のMacBookAirであればまだ最新OSのサイクル内なのでCatalinaは使わないとしてもMojaveにアップデートできればダークモードも使えますし、まあ画面がRetinaじゃない部分は目をつぶるとして解像度的にはギリギリ艦これの二期が表示できるサイズなので旅行先で艦これアクセスという鬼のような状況でもなんとか対応できるんじゃないかと考えています(まあ、出先で艦これにアクセスするだけならPixel3の艦これアプリを使うなりiPad Proで艦これに直接アクセスするという方法はあるんですが)。

 基本的に私はいついかなる時もキーボードのあるデバイスでテキストをバキバキ打てないと満足できないタイプで、そのニーズがあるのでiPadでもSmartKeyboardを購入したんですがSmartKeyboardはバキバキという入力感ではないので満足できず、そして日本語変換の方法も違う(スペースキーで変換したい)のでiPad ProでSmartKeyboardを使うのは最終手段だと考えており、最終手段に辿り着く前の方法として今はGPD Pocketを使っているんですがそのバックアップ手段が怪しい、動きに制限があるという状態では安心して使えないので、バキバキ打てる物理キーボードを備えたマシンが欲しく、そして他のニーズを合わせて考えると小型でMacで軽くて持ち運びがしやすいもの、という結論になるのでやっぱりMacBookAir11インチが最適解なんじゃないかと思うんですよね。
 まあお値段を気にしない前提で言うと今リファービッシュで入手できる(店頭在庫やネットショップ在庫もある)無印MacBookが最強の回答なんですけども、ちょっとお値段が最強すぎて手が出ないんですよ。メイン使用のパソコンが50万なのにサブユースのバックアップパソコンに12万〜19万出せるかといえばそんな金あったら先にローンを払うわ、っていう話なのでとてもじゃないですが選択肢の中には入ってこないのです。逆に言えば今宝くじがあたったら一番の選択肢として無印MacBookが入ってくるんですが、そんなに都合の良い話はないので無印MacBookは選択範囲外です。

 ここまで書いていて思うのは「小遣いはないがガジェットが欲しい」なんじゃなくて「好きなガジェットを好きなだけ買えるだけの金が欲しい」という身も蓋もないお話なんですが、まあそれだけのお金が手に入るならいいんですが現実はそんなに甘くないので小遣いの範囲内、嫁さんとの折衝範囲内で買えるガジェットの中から現実的なものを選んで、というのが妥当な選択肢だと言えるので、まずどれだけの熱意を持って嫁さんと折衝できるかを確認するために、リサイクルショップにもう一回足を運んで中古MacBookAir11インチのスペックを調べて、それが2012年以降の製品ならかなりの熱意を持って、2010年以降の製品であってもそれなりの熱意を持って嫁さんと折衝しようと思います。

 まあそもそも「MacBookPro15インチ2018年ProVega20のメモリ32GBモデル」なんていう贅沢なメイン使用環境を持っているのだから他は我慢すべき、GPD Pocketというサブ機の選択肢があるだけでもありがたいと思え、と言われれば仰る通り、というお話なんですが、私運の無さには自身があるので、このMacBookProは買い換える前に必ず故障して修理する羽目になると思うんですよね。
 前に使っていて今嫁さんに譲ったMacBookPro13インチも嫁さんに譲るまでに2回修理するはめになり、その時はiPad ProとGPD Pocketでしのいだんですけども、今回MacBookPro15インチが故障して修理する事になった場合GPD Pocketが信用ならず、iPad Proは入力体験がリッチじゃないという結論になると多分その時気が狂うと思うんですよね。
 ぶっちゃけて話すと毎日ブログを更新しつつこの雑記ブログも折を見て更新、くらいの頻度でテキストを吐き出さないとストレスと言うか雑念が貯まって苦しい思いをするんですよ。そして吐き出す時にiPad ProのSmart Keyboardのようにリッチじゃない入力だと入力が詰まるし思考の速度にタイピングが追いつかないし吐き出していて気持ちよくないので駄目なんです。
 なので、MacBookAir11インチが欲しいんですよね。

 ここまで書いてようやく自分が納得できたんですが、サブユースのパソコンに物理キーボードのしっかりしたマシンが欲しい、できればMacが欲しい、さらにできれば旅行なんかの持ち歩きに気軽に使えるのが欲しい、という条件だと、中古のMacBookAir11インチは強い選択肢だし、かなり欲しいな、という事がまとまってきたので、明日リサイクルショップに詳細を調べに行く事にします。

 突然買ったら察してください。


3000文字を気軽には書けないよ

 入力も出力も錆びついてヘドロみたいな汚水しか吐き出せない如月翔也ですこんばんは(普段ならこんにちはなんですがこのブログは夜のイメージ)。
 ブログなんて半年でマネタイズ可能、そこからは月数万円入ってきますよ、毎日更新するだけの簡単なお仕事でルーティン化すれば楽勝です!みたいなブログをボーッとしながら読んでまして、記事自体は頭に残らない感じのゆるーい内容だったんですが、その記事の中で唯一記憶に残ったのが「ブログは毎日更新」「文字数は3000文字以上を目安に」という部分です。毎日3000文字ってプロ級じゃないですか?
 ぶっちゃけ私は長く書いた方でも1000文字行かない程度、だいたい400〜800文字のブログを1日に5個更新しているのでだいたい2000〜4000文字って考えると、まあ一点集中すれば書けなくはない文字数なのかな、と思います。
 しかし個人的に文字数をマイルストーンにするのは筋が良くないと思っていて、文字数がマイルストーンになると無駄な文字を書きたがるようになるんですよ。内容が一定なのに文字数が増えるという事は1行あたりの情報量が薄まっていると言う事なので、「情報」という価値で言えば文字数が多い方が同じ情報を摂取するにもカロリーが必要な結果になるわけで、そこをマイルストーンにすると「助長な文章を書くのが正しい」という結果になるのです。それは筋が悪い。

 理想的な話をするのであれば情報は過多にならない程度に詰め込んで食べた人がゆっくり消化すればいい話で、胃もたれを起こすくらい重い文章はどうなの、っていう部分はありますが、ふんわりメレンゲのような口当たりで内容がスッカスカだと食べた気分がするだけで何も摂取できていないわけなので良くはないよな、意図的に文章を長くするのは悪だよな、と思うのです。

 まあそういう考え方をするのは私がビジネス作文を良くする方だったというのも原因で、最短の時間で読めて最短の時間で勉強できて最高の効率を出す文章の読ませ方・書き方をする、というのが仕事で求められてきたのでそのあたりが癖になっているんですが、趣味系統はビジネスじゃないですし読んでいる時間も「趣味の時間」なので読む事自体に時間がかかるのは一方的に悪ではない、という部分はわかるんですが、それにしたってたかがブログ投稿1個で3000文字も読みたくないし、3000文字にふさわしい文章の内容であればそれはもうブログじゃないと思うので、ブログを毎日3000文字投稿しましょう!というのは毎日フルマラソンしましょう!みたいな「気軽に言うなよ」という感じはあると思います。(ここまでで約1100文字)

 これだけ書けばもう分かると思うんですが3000文字って2バイト文字で1500じゃないんだよな?というくらい長い文章なんですよ。学校の宿題でかかされる読書感想文原稿用紙2枚が800文字ですよ、その4倍書かないと「1日の必要量」に足りないなんてあまりにも!という感じですよね。

 あえて言うなら「ネタが1個でブログ投稿をするな」という部分があるかな、というのは気になっていて、1つのネタで3000文字はあまりにもキツいと思うのです。テーマブログで取り上げる「記事」ならいいんですよ、それなりの重量のをまとめて上げて3000文字というのはよくやったという感じなので。しかしそうではなくネタ1個がポスト1個になるようなお手軽テーマブログで3000文字は明らかに薄く伸ばし過ぎで、読まなければならないカロリーに対して摂取できる情報量が少なすぎると思うんです。

 というわけで読んだブログで書かれていた「毎日3000文字以上投稿しましょう!」というのはやるのが無理・やろうとするのが無理・できる奴はそもそもプロの素質があるよ、という話なんですが、そもそもブログが一般化した現在、ブログでお小遣いを稼ごうと思ったらそれなりの才能が必要だという話で、そんな才能も情熱もない私は月々500円いけばいいかな程度のアドセンスでレンタルサーバー代だけペイしながら好き放題な事を書く方が性に合っているのです。ここまで書いてまだ1700文字ですからね。ここまで引き伸ばしても。

 まあネタを複数ぶっこんで起承転結のある内容をしっかり3000文字、というニーズがあるのはわかるんですが、それをできるのは一部の特権者(才能とか時間とかが余っている人)じゃないと無理なので気軽に言ってくれるな、やろうとするな、というお話じゃないかと思います。

 言うて自分のブログがバズってPVが1000倍になったとしてもスタンスは変えられないですし、多分変えられないでいる内に1000倍が100倍に、10倍に、1倍に、10分の1に、となっていくと思うので、「ブログでマネタイズできる奴はすげーなー」と思いながら自分は自分のブログをやっていくしかないのかな、と思います。

 3000文字なんて無理ー!(約2000文字でギブアップ)


ガス抜きも良し悪しでは?

 日常で溜まった鬱憤をテーマブログを書く事で発散し、内側から湧いてくる情熱はここにぶつけてガス抜きをしているんですが、このガス抜きという奴、全てが全て正しいというわけではなく、良し悪しもあるんでは?と思います。

 鉄砲って非常に単純な構造で、火薬を詰めた薬莢に弾丸部分がセットされており、撃鉄で着火した火薬が爆発、発生する爆風とガスで弾丸部分を押し出して弾丸が飛び出すわけです。そして弾丸が飛び出すにはガスと爆風が十分に弾丸を押し出すだけの狭い空間と距離が必要なわけで、それが銃身の部分です。
 銃身部分を通る間に十分に弾丸が爆風とガスに押し出されて勢いがついて真っ直ぐに飛ぶ、というわけなので、この「ガスが弾丸を押し出す」というパートが非常に重要で、ここでガスが抜けると弾丸は飛ばないのです。

 同じように日々の生活で溜まっていくものを「何かを押し出す」ためのガスとして使えれば方向性が正しいかは別として進む原動力になるんですが、ガス抜きをしてしまうと匂いのする空気が放たれるだけで何も進まないのです。
 もちろんそのガス自体に点火して大爆発を起こすようだと話にならないのでそうなるのであればガスは抜いておくべきなんですが、今出ようとしているガスは推進力としてのガスなのか屁なのか、という部分は考えておかないと駄目だと思うんですよね。

 私なんかは下手に文章で自分のガス抜きをできるので30年近くガスを抜きつつ大爆発を避けて生きてきたんですが、このガスが方向性を持って弾丸を押し出す動きをしていればどれだけの壁を貫通できたのか、と考えると正直もったいなかったな、という気がします。
 まあ抜かなかったら抜かなかったでとんでもない大爆発を起こしていた可能性もあるので「ガス抜きをして失敗だった」と言い切れる話ではないんですが、今現在ガス抜きをしつつタンクが破裂する寸前まで溜まっている状態なので近日中に何か動かないと駄目だな、とは思います。

 総論としては「推進力として使えるなら使いなよ」「でも大爆発するんならその前にガス抜きしなよ」というお話なのですが、ガスって基本的には情念の行きどころなので、若い内に充満したものは若い内に発散するか打ち出さないと後で濃い怨念になるので注意したいですね……。


手段が制限されると情熱が失せる;アートが無制限であるべき理由

 色々あって一週間近く自慢のMacBookProが使えない状態にあったのでこのブログは放置でした。他のブログはiPadを使って更新したんですが義務感からの更新だったので情熱とは程遠く、そして情熱を注げないのであればこのブログである必要はないので放置でした。放置です。

 ぶっちゃけた話をすると普通に文章を入力するだけならスマホでもiPadでも問題ないですし、フリック入力は下手したらキーボード入力よりも早くて安定した入力方法なのでキーボードを打つよりも効率がいい可能性まであるんですが、この考えながらキーボードを打つという作業が「自分にとって情熱を注ぐのに適した形」だと思っていて、そして実際に情熱を注ぐのであればキーボードからの入力が一番気持ちよく(効率的に、ではなく)できるんですよね。

 これって情熱の行きどころ、つまり作業のモチベーションである部分なのでそこが制限されると何も出なくなる部分なので、ここを制限されると本当にキツいんですよ。出したいものがあるのに出口が詰まっていてスッキリ流れていかないという事なので、アウトプットすべきものが洪水を起こすのです。

 アートが無制限であるべき理由もここにあって、人が人として表現する事を保証する以上手段は制限できないんですよね。目詰まりを起こすので。出したものの質の話ではなくて、出す方法には貴賤がないという話です。そして方法に貴賤がない以上出したものにも貴賤はなくて、ただ「その人にとって」受け入れられる表現と受け入れられない表現があるだけの話なのです。
 まあその「その人」の規模があまりにも大きすぎると一部の特権階級相当になるので「ヘイト表現」などとまとめられて叩かれるんですけども、本来の話をすると「そう思った」事自体を咎めるのが無理筋なのでヘイト表現を規制するのも無理筋です。
 ただまあ表現者自身にも「その表現が回り回って自分を殺す」可能性を想定しての言動はなかなか難しいでしょうから、「これ系の表現はいかんですよ」という線引きはあった方がいいのかも知れないですけどね。

 まあ実際にアウトプットが洪水を起こした結果脳みそと経験が更地になって今最初から学習し直しに近い感じなんですけど、もう一回出さないといつまでも詰まり続けて脳みそを焼き切る結果になるので、ちょっともう一回やり直そうと思います……。


最も恐れるべきは情熱が失われる事だ

 未だに自分を内側からキックする情熱があるので毎日ブログ書いたりTwitterしたり2〜3日に1回ペースでこのページを更新したりしているんですが、今生活の中で最も恐れるべきはこの情熱が失われる事だな、と思います。

 今自分を動かしているのは方向性の知れない情熱なんですが、もしこれが失われたら毎日がモノクロになり心が充足する事を知らず何を食べても味気のない生活になると思っていて、それがとても怖いのです。
 特に歳を取るごとに情熱は失われていくというので無意味に40年生きてきた私としてはこのまま情熱が削られて目減りしていつかなくなってしまうのだ、と思うと背筋が凍る思いがします。

 今の時点で昔に比べて情熱が落ちたのか、という部分なんですが、個人的にはあんまり感じておらず、情熱じゃなくて執着は無くなってきたよな、と思います。若かりし頃は情熱とセットでついてくる執着だけが目減りしていって、情熱だけが残って今は穏やかな気持ちでかつ情熱を持っていられるんじゃないかと思います。
 まあ昔のように「失ったら死ぬ」という切実な思いを持っているのかと言うとそうではないので情熱のタイプが違うのかも知れませんが、情熱だけが生きている証、それを失ったら自分が消え失せるという半ば強迫神経症めいた思いが「今生きている事を受け入れる」事と入れ替わって浮足立たない、地に足がついた状態でかつ情熱を持っていられるのは「良い年のとり方をした」のかも知れません。

 それは別として、今の自分をドライブしている情熱、好きな事に人生を打ち込みたいと思うその気持ちは失われて欲しくないな、と思っていて、正直これが失われた時に自分を自分を規定するアイデンティティが失われると思うんですよね。それが失われると自分の方向性を決めている大きな要素が抜け落ちると思っていて、多分それが失われたら私は生きる屍になると思うのです。

 まあ簡単に失われるとは思わないんですが、私は自分の人生の中で失われると思っていなくて失われたものが結構あるので、この「情熱」だけは失われないように全力でカバーして行きたいな、と思います。


アウトプットが足りない;世間の受け入れキャパが実質ない

 アウトプットが足りないのです。圧倒的に。もっと今の10倍くらいかかないと駄目です。
 しかし、世間の「私の文章の受け入れキャパ」は現状の10%くらいしかなく、満足するだけのアウトプットを出すと世間の受け入れキャパを100倍充足する事になるので文章が散逸するというか書き出された情熱が虚空に消えるのでもったいないというか意味ないな、と思う部分があり、もっと書き出しつつ世間の受け入れキャパを増やしていきたいのです。

 世間の受け入れキャパって要するにニーズへの合致の問題なので世間が変わるか私が変わるかで言えば私が変わる方が圧倒的に早く圧倒的に楽なので世間のニーズを調べるべきなんですが、調べた程度でわかる世間のニーズなんてもう充足されているので独自視点で盲点を突いていかなければならず、その方向性で行くと炎上マーケティングの世界に片足を突っ込む羽目になるのであまり嬉しくないんですよね。
 一番嬉しいのは私が好きな事を好きなだけ書いて、それが世間に受け入れられるというか、ぶっちゃけPVが増えてくれる事なんですけども、そもそも私の好きな事がニッチなのと、書き出す内容が更にニッチなので辺境の際まで情報を求めてくる人でもない限り私の文章にはたどり着かないので、好きな事を好きなだけ書いて世間に受け入れられるというのは無理筋なのです。テクノロジーブログも結局マイクラのエラー直しに来る人しか来てませんし、TRPGブログだって全然PVに繋がらずに根性だけが続けるモチベーションと化しているので怨念が蓄積していって全然良いサイトになっていかないのです。そして積み上がった怨念がサイトを善きものから遠ざけて近寄る人を突き放して行くので怨念は積み上がる一方人は減っていくだけの動きをするのです。吐き気がするほど悪循環。

 しかしそれでもアウトプットが足りないのです。1つの記事が10人にしかアプローチ出来ないのであれば記事が100個あれば1000人に、記事が1000個あれば10000人にタッチできるのです。1つ記事が増える事でアプローチできる人が小数点レベルで減ったとしても、それを上回る出力ができれば必ずアプローチが出来るはずなのです。
 まあ考え方としては致命的に宣伝が下手なので宣伝の仕方を考える、という考え方もあるんですが、買って売る・売って買う話ではないので宣伝にお金をかけるのも馬鹿らしいというか、もうちょっと報われる考えを出来ないのか、と思うので、いっその事アマチュアを卒業してプロを目指した方がまだマシというか熱意の持っていきようがあるんじゃないかと思い始めてきました……。

 正直アウトプットを出すだけなら今みたいに気楽に出すだけ出して後は知らん、というスタンスもありと言えばありなんですが、目標が定まっていないものに熱意を向けるのもどうなんだろうという気持ちがあり、今までは「誰かの役に立てる可能性があるなら出す」というスタンスだったんですが、そもそも情報が誰にもアプローチしていないのであれば誰の役にも立たない道理なのでもっとターゲットが大きく取れる世界・あるいはもっとターゲットを絞り込んで確実に届けられる世界を目指さないと費やした熱意が虚空に吸い込まれる結果になるな、と思ったのです。

 まあ炎上マーケティングでひと稼ぎ、という方向性もなくはないんですが炎上マーケティングは自分のコンテンツに火を放つ行為なので今までの自分の熱意を灰にする覚悟がないとできないですし、私は現時点でそこまでの覚悟はできていないのでそれ以外の方法でもうちょっとできる事がないかを考えてみたいのです。
 という雑談でしたー。